用語解説

【朱印】

朱印(しゅいん)は、主に神社や寺院において、主に参拝者向けに押印される印章、およびその印影である。敬称として御朱印(ごしゅいん)とも呼ばれる[。 複数の朱印の印影を集めることを集印(しゅういん)といい、朱印を押印し集印するための専用の帳面を朱印帳(しゅいんちょう)、御朱印帳(ごしゅいんちょう)[1]、納経帳(のうきょうちょう)、集印帳(しゅういんちょう)と呼ぶ。屏風折(折り本)にして両側に固い表紙をつけた形式のものと、和綴じ(和装本)のものが多く、寺社、仏具店、神具店や文房具店、書店などで販売されている。

【相殿 あいどの】

同じ社殿に2柱以上の神を合わせて祭ること。また、その社殿。あいでん。 【本社】とは、主祭神を祭った社。 【相殿】とは、主祭神と共に祭られる神の社。 【摂社】とは、主祭神と関係の深い神を祭った社。 【末社】とは、それ以外の神。 例えば、熱田神宮は、祭神に熱田大神、相殿神に天照大神、素戔嗚尊、日本武尊、宮簀媛命、建稲種命が祀られています。

【一宮】

諸国で第一の地位にある有力な神社。 遠江の国の一宮は、小国神社、三河の国一宮は、砥鹿神社など、諸国に存在します。 今でも地名に一宮とついているところは多く、愛知県の一宮市(真清田神社)など、そのまま市の名前になっている市町村もあります。 朝廷から国司が任国に赴任すると、まずは地方の精神的支柱である国内の神社を巡拝しなければならなかった(国司神拝)。 国司が崇拝する国内神社を管理するための台帳を「国内神名帳」といい、このリストに基づいて参拝していた。 一宮は朝廷や国司が指定したのではなく、諸国において由緒が正しい神社、神階などの高い神社が勢力を有するようになった。 やがて管理の便宜上、自然と神社の序列化されるようになり、最有力の神社を一宮とした。 (国によっては二宮、三宮も存在した。) 一宮制は平安中期ごろから徐々に使われるようになり、鎌倉初期には全国に一宮が選定されていった。この序列は一種の社格として機能していくようになった。 ただし、国によっては一国に二社の一宮が存在する場合もあり、時代によっては一宮が入れ替わることもあった。

【三種の神器】

三種の神器(みくさのかむだから、さんしゅのしんき(じんぎ、しんぎ))は、日本神話において、天孫降臨の時に、瓊瓊杵尊が天照大神から授けられたという鏡・玉・剣のこと。また、神話に登場した神器と同一とされる、あるいはそれになぞらえられる、日本の歴代天皇が継承してきた三種の宝物のこと。 三種の宝物とは、八咫鏡・八尺瓊勾玉・草薙剣を指す。皇族はもとより天皇でさえもその実見はなされておらず、多くの面が謎に包まれている。

【神主と宮司の違い?】

神主と宮司は、神道に関わる人のことである。神道に関わる人たち(神職)のことを神主さんと呼んでいる。宮司は、神社の長であり、各神社に1人しかいない。分かりやすくいうと、宮司は社長である。そして宮司も神職の1人である。 神主と宮司は、神道に関わる人のことである。 神主は、俗称で正式には「神職」と称される。たとえば、仏教では、正式名称は僧侶であるが、一般的には職階の区別なくお坊さんと呼んでいるが、これと同じように、神道に関わる人たち(神職)のことを神主さんと呼んでいるのである。 宮司は、神社の長であり、各神社に1人しかいない。その神社で行なう祭祀の管轄、神社の維持などを行なうこととされる。分かりやすくいうと、宮司は社長である。そして宮司も神職の1人である。 神社にも規模の大小はあるが、各神社に宮司は1人であり、その下の神職者は男性は禰宜、女性は巫女と呼ばれる。規模が小さい神社では宮司1人で切り盛りしており、他の神社の宮司を兼任する場合もある。

【座禅と瞑想の違い?】

「禅」とは仏教の宗派のひとつである禅宗のことを指します。そう言ってしまうと、禅と瞑想は何の関わりもないように感じるかもしれませんが、禅宗とは「禅」という考えを宗とした仏教の教派であり、禅宗では座禅が重んじられています。 座禅を何のためにするかというと、簡単に言ってしまうと思考を停止させるために行います。何も考えないため、ですね。この辺りは、仏教の考えについて勉強をすれば、理解できるかもしれません。座禅は「座禅」というからには、座って行われるのも特徴です。 瞑想は、心を静めて神に祈ったり、何かに心を集中させること、心を静めて無心になること、目を閉じて深く静かに思いをめぐらすことである。この呼称は、単に心身の静寂を取り戻すために行うような比較的日常的なものから、絶対者(神)をありありと体感したり、究極の智慧を得るようなものまで、広い範囲に用いられる。
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