老舗お茶屋さんがプロデュースする菊川駅近の御洒落カフェ【サングラムカフェ】

【サングラムカフェ】

菊川駅からほど近い場所にあるサングラムカフェは、ガラス張りの外観が特徴的な老舗お茶家さんが経営されるカフェレストランです♪

店内では、お茶や茶器の販売も行っていてお食事以外にも様々な楽しみ方が出来ると思います♡

【店内】

気候の良い時には、テラス席がお勧めです♪

【お茶】

試飲も楽しむ事が出来ます♪

【ランチ】

日替わりの和膳やパスタランチなど、数種類の中から選ぶことが出来ます♪

サングラムカフェは、普段使いやデートにもお勧めのお店です♡

サングラムカフェ

サングラムカフェ公式サイト↓

【住所】菊川市堀之内1-1

【電話】0537-36-1201

三河湾を眺めながら贅沢でゆったりした時を過ごせる♡行列ができる御洒落カフェ【和カフェたらそ】

【和カフェたらそ】

西尾市吉良町宮崎の和カフェたらそは、平日でも待ち時間が1時間、2時間は覚悟しないと入れないくらいの絶景ビューと美味しい飲み物やお食事が楽しめるオシャレカフェです♪

店内に続く階段

店内から二階席を眺む

テラス席

お店からの景色は最高です♡

とある日のランチ

駐車場

店の前には3台分しかないので、最初から第二、第三駐車場に停めて歩きましょう。

駐車場は、少々分かりにくい点と、お店側から向かった場合は駐車場に入る事が多少難しいです…

第二駐車場からも坂道を100位は歩きます。

近くには、宮崎温泉や海水浴場もあり夏場はとても賑わいます。デートで使うとしたら土日のピーク時や行楽シーズンは避けた方が無難かもしれないですね…

和カフェたらそ

和カフェたらそ公式サイト↓

【住所】愛知県西尾市吉良町宮崎弥五郎3-3

【TEL】0563-32-4222

津島信仰の総本山八百万神が集う神社【津島神社】

【津島神社】

津島神社は、愛知県津島市の主神を建速須佐之男命、相殿を大穴牟遅命(大国主命)される津島信仰の総本社です。この地の英雄織田信長や
豊臣秀吉、終わり徳川家に厚く信仰され、社領の寄進や社殿の造営等をなされたそうです。

津島神社境内には、数多くの摂社や末社があり日本の神様の全てが祀られているのでは?と思うくらいです。

【南門】

四脚門 檜皮葺

慶長3年(1598年)豊臣秀吉の病気平癒の為、子秀頼寄進と伝えられ、当時の儘か不明であったが、昭和34年の伊勢湾台風で隣接の杉の大木が斃れかかり、解体修理の折、棟木から慶長3年の墨書きが見つかった。

【拝殿】

切妻造妻入 檜皮葺

建立年は不詳であるが、元和5年(1619年)寛永3年(1626年)の修理記録の棟札や、慶安2年(1649年)藩主より材の寄進をもって再建された記録が残されており、本殿の建立に併せ建設されたと思われる。

【楼門(国重要文化財)】

三間一戸楼門 入母屋造 檜皮葺

天正19年(1591年)豊臣秀吉の寄進、社殿の配置上此の位置は脇門となるが、江戸時代まで、神社東側に天王川が流れ、東約100mの馬場町の大銀杏の所にお旅所があり、この門を通り神輿渡御が行われていたため、神橋を構えあたかも正門の如き壮大な楼門が建立されたと思われる。

【弥五郎殿社(県重要文化財)摂社】

一間流造 銅板葺

寛文13年(1673年)の再建
津島神社社地の地主神で、津島神社の社家「紀姓」の姓祖武内宿祢を祀る。
堀田姓は、正応2年(1289年)彌五郎正泰の父之高が、中島郡堀田村を拝領して堀田氏と称したと伝えられる。
堀田彌五郎正泰(後述)は吉野朝廷に仕え、姓祖を祀る此の社を再建、己の佩刀「大原真守作の太刀」(現津島神社社宝 重要文化財)を寄進された事により、彌五郎殿社と称する。式内社「國玉神社」との説も有る。

【柏樹社・摂社】

須佐之男命奇御魂を祀る。

元は「柏宮」・「柏社」と云い、神託により天平元年(757年)居森の地よりを此処に移したと伝えられる。
社の後ろに古柏樹一株が生えていたところよりその名がある。

【和魂社・摂社】

須佐之男命和御魂を祀る。

元は蘇民将来を祀る「蘇民社」と称され、姥が森(現海部郡佐織町町方新田)に鎮座されていたのを瑞垣内に移したと伝えられる。
正月4日に祭礼を斎行し、本社拝殿前に「茅の輪」を立て、一年の無病息災を願い輪くぐりを行う。

【荒御魂社(県重要文化財)摂社】

一間流造 銅板葺

佐之男命荒御魂を祀る。

元は八岐大蛇の霊を祀る「蛇毒神社」と称された。
社殿は、華麗な彫刻と極彩色で飾られ、屋根は津島神社独特の古い形式を遺す美しい社殿である。

【稲荷社】

宇迦之御魂神を祀る。

京都伏見より勧進し、宝暦10年(1760年)の造営

【八柱社】

一間流造 銅板葺

須佐之男命の五男三女の御子神を祀る。
天之忍穂耳命・天之菩卑命・天津日子根命・活津彦根命・熊野樟毘命
多紀理毘売命・市寸島比売命・多岐津比売命
元「八王子社」と称し、寛文年間までは本殿相殿に祀られていた。

【菅原社】

菅原道真公を祀る。

元神主氷室家の邸内社で、京都北野天満宮より勧請して、正保年間に創立されたと伝えられる。

【照魂社】

戦没者の御魂1,170柱

昭和26年御垣内に津島出身の英霊658柱を祀る祖霊社を建立したのが始まりで、昭和29年に現地に移され、照魂社と改称された。

【大鳥居】

【お札等授与所】

【南門前手水舎】

【さざれ石】

【熊野社・末社】

長寿と縁結び♪

【外宮・末社】

【戸隠社・末社】

勇気を称える神

【御朱印】

津島神社

津島神社公式サイト↓

【境内案内図】

【住所】愛知県津島市神明町1

【電話】0567-26-3216

幸せ祈願~北伊勢大神宮~【多度大社】

【多度大社】

三重県桑名市の多度大社は、天津彦根命を御祭神とされる古代より多くの人々の信仰を集めてきた由緒あるお社です。
毎年5月に行われる上げ馬神事は、とても有名で多くの見物客で賑わいます。

【上げ馬神事】

【鉾立社】

【多度祭御殿】

独創的な建物がインパクト大です♪

【神輿殿】

【藤波社】

【神馬舎】

【新宮社】

【手水舎】

【神楽殿】

【一挙社】

【皇子社】

【美御前社】

女性の守神です♪

【於葺門 おぶきもん】

この門を境にご本殿の神域となります。

【神明社】

天照大神が祀られています。

【本宮多度神社】

【別宮一目連神社】

【御手洗所】

【その他】

【御朱印】

多度大社

多度大社公式サイト↓

【住所】三重県桑名市多度町多度1681

天下布武の始まりはここから~平成の世に蘇った織田信長の居城【清州城】

【清州城&清州公園】

清州城は、歴史好きな人なら一度は訪れてみたいお城のひとつだと思います。若きころの織田信長が居を構え、清州会議では腹心だったはずの秀吉がこの地で織田家の将来を断つような裁きを下し、天下分け目の関ケ原の戦いでは、東軍の重要な拠点として利用されています。

現在の天守閣は、平成の時代になってから復元された建物ですが、重厚な黒が印象的ないかにも信長が作った風を感じさせる美しい天守だと思います。

【大手橋】

【芸能文化館】

【大手門】

【搦手門(からめてもん)】

搦手門(からめてもん)

城門の一つで、大手門に対して開かれる搦手口の門。有事の際には、領主などはここから城外や外郭へ逃げられるようになっていた。 建物自体は、小型で狭く目立たない仕様であることも少なくなく、櫓門、埋門ではなく小型の冠木門を建てるのみということもあったというが、きわめて厳重で大手門などの大きな虎口に比べて少人数で警備できるように設計してあった。橋は、木橋であることが多い。

【枯山水庭園】

【天守閣】

【清州公園の信長公出陣の像と濃姫の像】

清州城から大手橋を渡り堤防添いを南へ約100メートルほど進むと清州公園があります。公園内には、桶狭間の戦いに臨む時の織田信長公をイメージした立派な銅像が建てられています。その横には、信長公を見つめる濃姫の像が…夫婦の絆、立身出世、必勝祈願のパワースポットだそうです…

【お城からの光景】

天気が良い日の眺望は最高です♪

清州城

清州公式サイト↓

住所:清須市朝日城屋敷1番地1

駐車場:無料駐車場あり

伊勢の国一宮~縁結びの守り神~パワースポット【椿大神社 つばきおおかみのやしろ】

【椿大神社 つばきおおかみのやしろ】

伊勢の国一宮椿大神社は、三重県鈴鹿市の鈴鹿山系の中央麓に鎮座しています。主祭神は、猿田彦大神とし、その他にも多くの摂社や末社などに様々な神様が祀られています。

【本殿】

主祭神猿田彦大神をはじめ、瓊々杵尊、栲幡千々姫命、木花咲耶姫命、天之鈿女命、行満大明神、合祀三十二神が祭られています。

【別宮椿岸神社】

猿田彦大神の妻神・天之鈿女命を主神として祀る「椿岸神社」。芸道の祖神、鎮魂の神、夫婦円満、縁結びの神など多くの御神徳を有し崇敬され、神前挙式も行っています。

神招福臼

招福の玉

【扇塚】

【高山土公神陵】

参道の中ほどにある、猿田彦大神の御陵です。山本神主家は、大神直系の神主家として、この御陵を神代より守護しております。

【かなえ滝】

【御船磐座】

「御船磐座」は、謡曲「鈿女(うずめ)」にうたわれている神代の神跡。この地に天孫瓊々杵尊一行の御船が到着されたと伝承されてきた場所です。

【獅子堂】

聖武天皇の勅願により奉納された獅子頭に由来して名付けられ、3年ごとに斎行される獅子神御祈祷神事は前庭にて奉納されます。平時は交通安全祈祷、車輌の清め祓いが奉仕されます。

【椿延命地蔵尊】

平安後期の作といわれる延命地蔵尊が奉斎されています。昔から首より上の難病平癒に霊感あらたかと信仰され、地元はもとより全国各地から参拝者が訪れています。

【行満堂神霊殿】

猿田彦大神の神裔である行満大明神をはじめ、鈴鹿七福神の一つである延命長寿の神・寿老神などをお祀りしています。また、当神社にご尽力いただいた役員・崇敬者の御霊を祀り、慰霊顕彰を行っています。

【松下幸之助社】

「経営の神様」と称えられた松下幸之助爺の御霊をお祀りしています。

【鈴松庵】

一服:800円 お茶菓子受けのお皿を持ち帰りする事が出来ます♪

日本の心をこよなく愛した松下幸之助翁が茶道の発展を祈念し、庭園とともに寄進された茶室(小間、広間、立札席の三室)。流派を問わず、一般に広く開放し、安らぎの空間としてご利用いただいております。

【鳥居周辺】

【社務所】

【その他】

【御朱印】

【お清めの塩&御砂】

椿大神社は、本当に気持ちの良い気が流れているパワースポットです♪
恋愛成就の祈願も良いと思います。また付き合っているカップルの方のデートにもお勧めですね♡

椿大神社

椿大神社公式サイト↓

〒519-0315 三重県鈴鹿市山本町1871

TEL.059-371-1515

陰陽師安倍晴明ゆかりの古刹【風祭山福王寺】

【風祭山福王寺】

磐田市城之崎の福王寺は、安倍晴明ゆかりの古刹です。境内は、相当広くて庭園などを眺めながらお散歩するのにはお勧めです。

以下は紹介サイトより引用

千年を超える歴史を持つ古刹、福王寺は、真言宗高野山の末派として建立されました。「風祭山福王寺」は、永享年間に永平寺直系の天翁義一禅師を迎えて、1444年に再興、それまでの真言宗から曹洞宗に改宗されました。平安時代の陰陽師安倍晴明が祈祷をして暴風を鎮めたことから、山号を風祭山と称します。そのご祈祷旧跡や、今川家初代 範国公の墓所、大庭園「萬両園」、春の桜など見所もいっぱいです。

【総門】

【本堂】

【清明大権現】

【江月堂】

【今川範国公墓】

【御手洗】

【庭園】

静岡県西部地区では、掛川市の清明塚、水神宮とこの福王寺が安倍晴明ゆかりの地であるといわれています。

風祭山福王寺

福王寺紹介サイト↓

住所:静岡県磐田市城之崎4丁目2722-1

TEL:0538-35-7272

秀忠公産土神【五社神社&諏訪神社】

【五社神社&諏訪神社】

以下公式サイトより引用

五社神社

曳馬城(後の浜松城)主・久野越中守が城内に創建した事に始まると伝えられる。後、徳川家康公、浜松城主となり天正7年(西暦1579年)4月7日、秀忠公誕生に当り産土神として崇敬し、現在地に社殿を造営し天正8年(西暦1580年)遷座す。
寛永11年(西暦1634年)家光公上洛の砌、社参し朱印300石を奉る。その節改めて社殿の造営がなされ、寛永18年(西暦1641年)竣工す。「お江戸見たくば五社諏訪ごろじ お江戸まさりの五社や諏訪」と謡われ戦前まで国宝建造物に指定されていた社殿がこれである。

諏訪神社

延暦10年(西暦791年)、坂上田村麻呂が東征の砌、敷智郡上中島村に奉斎と伝えられる。弘治2年(西暦1556年)に曳馬城下、大手前に遷座される。
秀忠公誕生に当り、五社神社と同じく産土神として崇敬され、天正7年(西暦1579年)徳川家康公、社殿を造営す。
元和元年(西暦1615年)、秀忠公、社地を杉山に改め、更に寛永11年(西暦1634年)、家光公、社参し朱印300石を奉ると共に現在地に社地を遷し、寛永18年(西暦1641年)竣工す。国宝建造物に指定されるも、昭和20年(西暦1945年)戦災により五社神社と共に消失す。

五社神社&諏訪神社

昭和37年(西暦1962年)、両社が合祀され、新たに五社神社・諏訪神社として発足する。
現社殿は昭和57年(西暦1982年)竣工し、一社殿内に両社の御祭神を奉斎す。

【拝殿】

【鳥居】

【手水舎】

【稲荷社】

【狛犬】

【社務所】

【由緒書】

【御朱印】

五社神社

五社神社公式サイト↓

住所:浜松市中区利町302-5

三社権現【三熊野神社】

【三熊野神社】

以下は神社サイトから引用

当神社は、文武天皇の皇后紀州熊野大社ヘ「安産にて皇子誕生せば、東に三つのお社を建てまつり、日夜敬い申し上げる」と神前に誓われ、無事御安産(後の聖 武天皇)あらせられ、そのお誓いにより大宝元年(西暦七〇一年、今より凡そ一三〇〇年余り前)熊野三社即ち熊野本宮大社を当横須賀の地に、熊野那智大社を 小笠山(現小笠神社)、熊野速玉大社即ち新宮を高松(現高松神社)の地に遷座された宮にて、御鎮座と共に朝廷より神領として笠原の庄を賜って居ります。
建武二年(西暦一三三五年)元旦には新田義貞(にったよしさだ)公が戦勝祈願のために参拝され楠木正成(くすのきまさしげ)公の鈴を奉納。さらに中世戦乱 の受難時代を経て、天正六年(西暦一五七八年)徳川家康公により当地に横須賀城築城後は歴代城主・家臣並びに城下近郷挙げて信仰を寄せ呼び、以来現在に至 る迄厚い信仰を集め、災難除、子授け、安産、縁結びの守神として、神々の恵み深い御神徳のあるお宮として尊崇されて居ります。
大祭は毎年四月第一土曜・日曜に、地固めの舞・田遊びの舞の奉納、神輿の渡御、山車(祢里)十三台の供奉が行われ、中祭では、十月八日、九日に神楽の奉納が行われます。

【諏訪神社】

建御名方神( たけみなかたのかみ) 農耕の神
大国主神(おおくにぬしのかみ)  福の神

【天神社】

天満天神 (てんまんてんじん) 学問の神

【奥野神社】

奥野左衛門是吉卿(おくのざえもんこれよしきょう)

【本殿】

【御祭神】

伊邪那美命 速玉男命 事解男命

三熊野神社

三熊野神社公式サイト↓

住所:静岡県掛川市西大渕5631-1

家康と秀吉の銅像が並び立つ【元城町東照宮】

【元城町東照宮】

明治19年、引間城跡に創建された元城町東照宮。引間城は家康公が浜松に入ってから浜松城を現在の位置に築くまでの間、生活していた場所で、かつては豊臣秀吉が訪れた城として、二人の武将を天下人へと導いた場所といわれています。現在では、「出世神社」と呼ばれ、多くの参拝者が訪れています。

【鳥居】

【手水舎】

【本殿】

【御神木?】

ほぼ皮が剥けた状態の大木…若々しいエネルギーを感じられます♪

【天下人並び立つ】

家康と秀吉の銅像…並んで立っているのは珍しいのでは?!

元城町東照宮

浜松市の紹介サイト↓

〒430-0946 静岡県浜松市中区元城町111-2