2017年大河ドラマ女城主直虎の舞台【遠州の古刹龍潭寺】

【遠州の古刹龍潭寺】

2017年大河ドラマ「女城主直虎」は、静岡県浜松市北区の井伊谷が舞台です♪

その中でも井伊家の菩提寺「龍潭寺」は、物語にも重要な役割を担う遠州地方きっての古刹です。

【本堂】

延宝4年(1676)再建。大檀越井伊直與公(27代)。
当山七世喝岩和尚代。
本堂内の廊下は左甚五郎作、鴬張りの廊下として有名である。

【開山堂】

本堂西に朱塗りの楼閣造り開山堂を望む。八世徹叟和尚が建立する。開山黙宗瑞淵和尚を祀る。塔上に井伊氏の家紋彦根橘、彦根井筒(井桁)を見る。

【霊屋】

井伊家一千年の歴史を祀る霊屋は、臨済禅中興の祖と崇められる原の白隠禅師が落慶供養の導師をつとめたと記録されている。
堂内には元祖共保公、二十二代直盛公、二十四代直政公の木像を安置する。幕末の大老井伊直弼公の位牌もお祀りされている。

【庭園】

小堀遠州作・龍潭寺庭園は、江戸時代初期に本堂北庭として築かれた池泉鑑賞式庭園である。
中央に に守護石、左右に仁王石、正面に礼拝石(坐禅石)が配され、更に池の型が心字池となっていて寺院庭園として代表的な庭である。
数多くの石組みと築山全体で鶴亀が表現されている。

岩は、地元で産するチャート(通称山石)を使い、明るくすんだ庭である。春のさつき、秋の満天星(どうだん)と四季折々の変化にも富み、昭和11年国指定名勝となるが、まさに東海一の名に恥じない名園である。

【仁王門】

仁王門は、本堂の真南、お寺全体の正面に位置し、当山をお守りしてくださっている。
昭和62年(1987)清山和尚代に建立された。

【井伊家の墓】

右の奥から2番目のお墓が直虎のお墓と伝えられています。

【龍潭寺縁起】

風光明媚な奥浜名湖その北に位置し、豊かな自然、緑と花に抱かれた町、浜松市井伊谷、そこに萬松山龍潭寺がある。
この井伊谷地域は、古くは「井の国の大王」が聖水祭祀をつとめた「井の国」の中心で、浜名湖の注ぐ井伊谷川、神宮寺川の沿っての台地には縄文・弥生の遺跡、古墳が数多く残され、水にまつわる伝説も多い。

特に当地の歴史と、当寺の縁起にゆかり深いのが、「共保出生の井戸」である。

共保公とは、平安時代から戦国時代までの六百年にわたり当地方を治めた名門井伊氏の元祖。
井伊氏は保元の乱で源義朝に、鎌倉時代には源頼朝に仕え、南北朝時代では後醍醐天皇皇子、宗良親王を迎え北朝と戦い武勲をなしている。

室町時代、今川氏に仕え「桶狭間の戦い」で戦死をした井伊家22代直盛の戒名をとり龍潭寺と寺号を変えた。
戦国時代、24代直政が浜松城主徳川家康に仕え、”井伊の赤鬼”と呼ばれ大活躍、やがて徳川四天王の筆頭となり彦根に出世する。

そして、幕末に36代井伊大老直弼が開国の偉業をなしとげるのである。
こうした元祖共保公より40代に到る祖霊を祀る菩提寺として歴代当主に深く帰依されて来たのが龍潭寺である。
当寺の歴史は古く、天平5年(733)に行基菩薩によって開創されたと伝わる。
禅宗となったのは室町時代末期、20代直平が帰依された黙宗瑞淵和尚を開山として迎えてからである。後の遠州地方の臨済宗妙心寺派の法源となった。
一万余坪の境内には江戸時代に建立された県指定文化財の本堂、開山堂、総門、庫裏、霊屋などの貴重な建物が立ち並び、国指定名勝、小堀遠州作「龍潭寺庭園」が四季折々の風光と調和しながら、悠久たる「井の国」の歴史と文化と信仰を今日に伝えている。

【龍潭寺】

龍潭寺公式サイト↓

静岡県浜松市北区引佐町井伊谷1989

TEL. 053-542-0480(代)

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