目の霊山【医王山油山寺】

【医王山油山寺】

当山は医王山薬王院油山寺(いおうざんやくおういんゆさんじ)と称し、今から約千三百年前(大宝元年)に行基大士が万民和楽、無病息災を祈念し本尊薬師如来を奉安、開山された真言宗の古刹であります。
昔、この山から油が出ていたので通称「あぶらやま」と呼ばれ、十方信徒に尊信されてきました。
行基大士御開山の後、天平勝宝元年に時の帝孝謙天皇が御眼病のみぎり当油山寺に御眼病平癒の祈願が下され本尊薬師如来に祈願、るりの滝水を加持し、天皇はこの霊水で御眼を洗浄なされ、ひとえに薬師如来を尊信し玉うところ霊験あらたかに眼病が御全快し、当山を勅願寺に定められました。
以来千年の今日まで諸病全快、特に目の守護、眼病平癒のお寺として、又、精神的には「心身安楽」心の病を癒し心眼を開く仏様として深く信仰されております。
又、当山の守護神である軍善坊大権現は、足腰の病に霊験あらたかであるところから油山寺は目の仏様、足の神様として日々全国から信者のご祈祷、参拝が後を絶えません。
行基御作の薬師如来像は秘仏として本堂内陣の厨子に千古そのままに安置され、軍善坊大権現はその左側にお祀りされております。
爾来、歴代天皇はもとより諸大名の帰依はふかく、なかでも源頼朝公、今川義元公は堂塔を建立されましたが戦国の兵乱、廃仏毀釈などを経て今日に至りました。
一山境内五十町歩は千古の霊地、山川の美に恵まれ、峰の松風、谷川のせせらぎ翠岩より落ちる滝の響きは孝謙帝の御世をあらためずご本尊薬師如来をはじめ山内諸天善神の御霊験、法灯はますます輝きを増し東海の古刹、心の静養安らぎの寺として、又、遠州三山のひとつとして古の風情を今に残しております。

お寺の公式サイトより引用

【山門】

油山寺の山門は、元掛川城大手門で万冶2年(1659年)井伊直好公が建立したものであります。歴代の掛川城主の信仰は厚く、明治6年御維新の際、城主太田備中守が眼病全快のお礼として当山に寄進、移築されたものであります。
城郭造、重櫓層門、本瓦葺、桁行9.3メートル、梁間4.6メートル、2階25畳、漆喰白壁、窓、柱0.6メートル、角総欅材、正面大扉は楠の一枚板を用いております。
なお、大棟両側を飾る鯱一対も江戸初期の名作であるといわれ城郭建築上貴重な建物で二層片潜付城門は全国的にもめずらしく静岡県唯一の城郭文化財であります。

【本堂】

建久元年源頼朝公が眼病全快のお礼として寄進、遠江国守護職工藤祐経がご普請奉行にあたられた建物である。その後、元文3年(1738年)時の山主幸恵法印が8代将軍吉宗公に拝謁の砌病気平癒のお礼に再建寄進されたものであるとされています。江戸中期の遺構として静岡県指定文化財に指定され、昭和46年文化庁の指導監督により修理が施されました。

【三重の塔】

この三重塔は建久元年(1190年)源頼朝公が眼病全快のお礼に建立されたものであり、その後、遠江国守護職工藤祐経が薬師堂と共に普請奉行をされた由緒深い塔であります。
木割豪壮にして層輪は強大、屋根の反り、枡組は美しく、桃山期の姿を今に伝え、桃山の三名塔の一つに数えられております。
内陣には、弘法大師作と伝えられる大日如来を安置し、塔の高さはおよそ23メートル、上層は唐様と天竺様を用い、中下層は和様式、三手先組一式、上層は2.3メートル四方、中層は2.8メートル四方、下層は3.6メートル四方であります。
昭和42年、頼朝公が建立されて以来初の全解体修理に着手、同44年に復元竣工した静岡県最古の塔であります。

【御霊杉】

弘法大師所縁の霊木であり、天然記念物に指定されております。伝説には、お大師様が油山寺にご掛錫のみぎり貧しき村民の幼子が病で命を落とさんとしているのを、法力を持って助け、その両親がお礼に夫が松、妻が杉でいちぜんの箸を作り、お大師様の食膳にささげられたそうです。その松と杉でできた箸を、お大師様は旅立ちに際し人の真心の尊さを説くものとしてこの地に挿したところ、不思議と箸より芽が出て幹が松、枝葉が杉の霊木となったということです。

【方丈】

遠州浅羽の代官、仁科宇兵衛が宝歴14年(1764年)に建築した建物であり、静岡県指定文化財に指定されています。当山に寄進されてより御信徒の休憩、法話の会場として使用されております。

【滝堂&るりの滝】

千古の昔、孝謙天皇眼病の砌、油山寺の薬師如来に祈願をかけられ滝の水を加持祈祷し、その霊水にて洗眼され、眼病全快された所以の滝であります。薬師如来にちなんでるりの滝と呼ばれ、祠には、波切不動明王がおまつりされております。

※滝行体験は、身も心も洗われる感じがします!

【季節を楽しむ♪】

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【医王山油山寺】

公式サイト↓

静岡県袋井市村松1番地